『少年ブック』1964年(昭和39年)4月号

・ビッグX
・忍び狼 はやて
・飛燕
・カン太郎
・大平原児
手塚治虫
川崎のぼる
望月三起也
赤塚不二夫
川崎のぼる
・けいれい!しんぺいくん
・なくなモサ太郎
・メソ吉くん
・風雲児ケン
山根赤鬼・青鬼
伊東あきお
菅島勢吉
貝塚ひろし
驚異の別冊付録と忍者屋敷の組み立て付録
連載当初より絶大な読者支持を得た手塚治虫の「ビックX」が他に類を見ない120ページの分厚い別冊付録になる予告と、忍者屋敷のからくりを明かす組み立て付録はいやがうえにも少年たちに次号発売までの期待を抱かせた。
ビッグX 手塚治虫 [7p+別冊]
色彩豊かなカラーページは巻頭漫画でこその魅力であり、手塚治虫の卓越したセンスが光る空間であった。少年たちが食い入るように読んだその美麗なページから、別冊付録へと続く一連のドラマチックな媒体演出。この高密度の構成は、否が応でも当時の読者を『ビッグX』の壮大な物語へと惹きつける力を持っていた。
新連載 忍び狼 はやて 川崎のぼる [7P+別冊]
本誌掲載の2色ページを駆使した緊迫感あるプロローグから、一気に別冊付録へと読者を導く編集演出。川崎のぼるの初期忍者アクション『忍び狼 はやて』におけるこのスピード感に満ちた構成は、当時の少年たちを抗いがたい興奮へと巻き込んだ。

特ダネ図解 忍者作戦 [B5×2折り込み×2&10P]

カン太郎 赤塚不二夫 [16P]

日本傑作戦闘機シリーズ① 飛燕 望月三起也 [20P]

シリーズ全8作品を本誌と別冊で読者に届ける編集部と漫画家の挑戦
本誌の「特ダネ図解・忍者作戦」は、カラー扉に加えてB5×2サイズの折り込みや単色ページで構成されており、編集部の熱量が伝わる大特集である。当サイト所蔵の5月号や6月号でも同様のページ数で戦争に関する特ダネ図解が組まれており、企画のシリーズ化がうかがえる。
この企画と連動して始まった望月三起也の読切連載『日本傑作戦闘機シリーズ』は、4月号の「飛燕」から11月号の「震電」まで本誌および別冊で掲載された。各号の掲載タイトルと体裁は以下の通りである。

・4月号本誌 ①飛燕[20P] 
・5月号本誌 ②ゼロ戦[24P]
・6月号本誌 ③隼[22P]
・7月号本誌 ④屠竜
・8月号本誌 ⑤紫電改
・9月号別冊付録 ⑥雷電
・10月号別冊付録 ⑦月光B6判[50P]
・11月号別冊付録 ⑧震電B6判[50P]

当時『少年ブック』で絶大な支持を得ていた同氏の作品は、本作終了後も12月号からの「敵中突破」、そして『少年ジャンプ』統合まで続く「ケネディ騎士団」がある。

最終回 風雲児ケン 貝塚ひろし [B5×2折り込み&17P]

貝塚ひろしのプロフィール
1938年、千葉県に生まれる。57年単行本「乞食と殿様」を刊行しデビュー。その後58年より「おもしろブック」に「クリクリ投手」を連載し、人気を博す。「ゼロ戦レッド」「ミラクルA」「父の魂」など少年漫画で活躍し梶原一騎原作による「柔道讃歌」はテレビアニメにもなった。
当サイト所蔵の貝塚ひろし作品
『りぼんカラーシリーズ』 No.15「荷ぐるまの歌」No.65「父子草」。『冒険王』連載「0戦レッド」掲載号。『少年ブック』連載「くりくり投手」「大助100段」「1・2作戦」掲載号その他多数。
連載開始時タイトルと予告タイトル(仮題)

読切 メソ吉くん 菅島勢吉 [16P]
けいれい!しんぺいくん 山根赤鬼・青鬼[16P]

川崎のぼるのプロフィール
1941年、大阪府に生まれる。中学卒業後、工場で働きながら漫画を書き続け、57年、貸本漫画「乱闘・炎の剣」でデビュー。60年代に入ると、少年誌に活躍の場を移し、66年から『少年マガジン』に連載した『巨人の星』梶原一騎原作作品で67年第8回、講談社児童漫画賞を受賞した。西部劇の銃撃シーンの描画には他者を圧倒する物があり、『少年ブック』の『大平原児』や『少年ジャンプ』の「荒野の少年イサム」でその力量を発揮した。
当サイトの川崎のぼる作品所蔵状況
『りぼんカラーシリーズ』 No.11「この丘で泣いてくれるな」No.25「泣かないでもういちど」No.35「黒い天使」。『りぼん』の短期連載『星空のちかい』、その他『少年ブック』連載作品「黒い荒野」「ジャングル・キング」「スカイヤーズ5」掲載号と別冊付録。
大平原児 川崎のぼる [27P]

組み立て付録の歴史とその変遷
『少年ブック』4月号の組み立て付録は・61式中戦車と・97式中戦車改で動力ギミックと意匠を巧みに組み合わせた付録である。また、次号は「秘密がズバリわかる 忍者屋敷」である。

のりや差し込み口を使い組み立てる「組み立て付録」の考案者は、『少年倶楽部(講談社)』の付録を一手に引き受けていた中村星果だと言われている。
戦前の付録は紙で建物や軍艦を組み立てるものであった。戦後、カメラや顕微鏡、印刷機などの実用物が付録に登場する。しかし、これらに「オール金属製カメラ」や「ペン型顕微鏡」などが登場したことで、国鉄による「雑誌の付録及び臨時増刊号に関する覚書(1957年12月発出)」により、紙以外の材質使用に事細かな規制が加えられた。
それにより、少年誌の組み立て付録は紙を主体としてギミックを競う時代を迎えた。『少年(光文社)』はトップランナーとして走り続けた。
しかし、市販のおもちゃを購入してもらえる子供達が増えたことで、組み立て付録は苦戦を余儀なくされた。しかし、その巻き返しを図るように、昭和40年代初頭に密かに組み立て付録合戦が起こったものの、少年月刊誌の休刊とともにその火は消えた。
しかし、その後も情操教育教材としての色合いを残す組み立て付録は学年誌に残った。

【資料に関する注記および謝辞】
『少年ブック』1964年(昭和39年)4月号 集英社発行 価格170円 全294頁(裏表紙2頁除く)
※本ページに掲載している画像および作品情報は、運営者が所蔵する当時の現物雑誌より引用・複写したものです。
※掲載作品の著作権は、各著作者および発行元である株式会社集英社に帰属します。

本誌には、手塚治虫、赤塚不二夫、川崎のぼる、望月三起也、貝塚ひろし、伊東あきお、山根赤鬼、山根青鬼、菅島勢吉(※掲載順/敬称略)の、日本の漫画史に不滅の足跡を遺された巨匠たちの気鋭の作品が多数掲載されています。
戦後日本の児童文化・漫画文化の礎を築き、今なお色褪せない感動を私たちに与え続けてくださる偉大な漫画家の方々と、当時の熱量をそのままに素晴らしい雑誌を世に送り出された出版元に、深く敬意と感謝の意を表します。

各漫画家のプロフィールは、当方が所蔵する当時の雑誌情報、および株式会社小学館発行『現代漫画博物館1945-2005』を参考資料にして、独自に内容を再構成して掲載しています。