
映画『トキワ荘の青春』に描かれた名シーン
当時、赤塚が暮らしていたのは、手塚治虫、石ノ森章太郎、藤子不二雄ら、のちの巨匠たちが集う木造アパート「トキワ荘」であった。のちに漫画の聖地と呼ばれるこの場所での若き日々の交流は、映画『トキワ荘の青春』でも描かれている。夢と希望、そして挫折が入り混じる日々の中、赤塚が編集部で「ナマちゃん」が掲載された『漫画王』を受け取り、刷りたての真新しいインクの匂いを嬉しそうに嗅ぐ、印象的なシーンも描かれている。

「ナマちゃん」赤塚不二夫/『漫画王』1959年(昭和34年)3月号掲載
・ピンチヒッターから生まれた傑作
「ナマちゃん」が誕生したきっかけは、ある漫画家の急病であった。秋田書店の『漫画王』で執筆予定だった作家の代理として、急遽原稿が必要になったのである。こうして1958年11月号に、読切作品「ナマちゃんのにちよう日」が掲載された。
・「ナマちゃん」以前の赤塚不二夫
当時、トキワ荘に暮らしていた赤塚不二夫は、主に少女漫画を描いていた。しかし、なかなかヒットに恵まれず、経済的にも困窮する苦しい日々を送っていた。
・盟友・石ノ森章太郎との共同作業で生まれたキャラクター
そんな中、編集部から「ギャグ漫画を描いてみないか」と打診される。ギャグの経験が乏しかった赤塚は、すでに売れっ子だった盟友の石森章太郎(のちの石ノ森章太郎)に相談した。石森は快く応じ、「生意気ないたずら小僧」というキャラクターの方向性を一緒に考え、主人公を「ナマちゃん(ナマ太郎)」と命名したのである。
こうして、少年の日常や母親との家庭のやり取りをおもしろ楽しく描いた「ナマちゃん」は、元気にスタートを切った。
・大反響による長期連載へ
掲載された読切作品は、読者から大きな反響を呼んだ。編集部からも高い評価を受け、翌1958年12月号から1962年5月号まで、『漫画王(まんが王・小学生画報)』にて長期連載されることとなる。
・「ギャグ漫画の王様」への第一歩
この「ナマちゃん」の成功をきっかけに、赤塚は少女漫画からギャグ漫画へと完全にシフトする。のちの『おそ松くん』や『天才バカボン』へとつながる、「ギャグ漫画の王様」への確かな第一歩を踏み出すこととなった。
「ナマちゃん」 6頁
『漫画王』1959年(昭和34年)3月号

