『少女ブック』1962年(昭和37年)1月号

本号では、水野英子「ファニ」、横山光輝「とびだしたマリ」、鈴原研一郎「黒いオデット」の3作品が新たに連載を開始している。いずれも結果的には短期間で終了したものの、当時の作家陣の多様な作風や、『少女ブック』が新作を積極的に投入していた姿勢をうかがわせる内容となっている。
買ってとくするデラックス8大ふろく
①おじょうさんバック②りぼんあみ機セット③世界めぐりすごろく④お友だちさがしゲーム⑤マスコットインディアン⑥ララミーかべかけ⑦別冊 白馬の少女⑧別冊 エリの赤い靴
集英社発行の『少女ブック』は、1951年9月に創刊され、1963年5月号をもって終刊となった少女向け月刊誌である。芸能記事に強みを持ち、当時の読者の関心に寄り添った通俗的エンターテインメント性の高い誌面構成を特徴とし、戦後少女雑誌文化の一翼を担った。終刊後、その路線と読者層は後継誌である『週刊マーガレット』へと引き継がれていく。
本号は終刊前年にあたる1月号であり、雑誌後期の動向を知るうえで興味深い一冊である。巻頭まんがには、わたなべまさこによる長期連載作「白馬の少女」が掲載されている。わたなべまさこはその後、新作「ミミとナナ」を発表し、同作は『週刊マーガレット』へと連載の場を移し、同誌創刊期を支える作品のひとつとなった。
昭和30年代の少女雑誌では、まんがとともに華やかな口絵も重要な見どころであった。
本号の懸賞付き口絵「お正月の晴れ着を差し上げます」では、少女モデルが着用した晴れ着が当選者に贈られている。
また、当時少女たちの憧れであったバレエを題材とした口絵も掲載され、犬吠埼海岸でポーズをとるのは、日本で初めて国際的に活躍したプリマと評される森下洋子と、浅野寿々子、大原永子である。
さらに、「かわいいプリンス」として、なるちゃんの愛称で親しまれた皇太子・徳仁親王(現・今上天皇)の口絵も誌面を飾った。
白馬の少女 わたなべまさこ 4色10頁+別冊
新連載 ファニ 水野英子 4色折込+16頁
扉絵が折込(B5×2サイズ)と豪華‼︎ 裏面はB5サイズ相当で2頁分本編が展開される。
ここはニューヨークのうら街、ある日そこで、とんでもない事件が・・・
新連載 とびだしたマリ 横山光輝 12頁(2色6+6)
マリはかわいい少女。でもいったいどこからとびだしたというのでしょう?
泣かないで 牧かずま 21頁
おもいがけず映画に出ることになってしまった加代子には、どんな運命がまっているでしょう?
野呂新平 1915年千葉県四街道市に生まれる。東京高等工芸学校(現千葉大)を出て岡本一平氏に師事。終戦まで漫画集団に所属し、本名の田内正男で時局漫画を多数発表する。「G・Britainの明日」を漫画展に出品して内閣情報局長官賞を受賞。戦後、野呂新平のペンネームで少年少女向けストーリー漫画を描くようになった。代表作として、「チコちゃん」、「チビタンこぞう」、「星の子」などがある。2002年2月20日、心不全のため死去。
星の子 野呂新平 15頁
おそろしいハブにかまれたおかあさんはどうなるんでしょう⁉︎キララの薬は、まにあうかしら⁉︎
1940年、旧満州(中国東北部)に生まれ、愛知県で育つ。17歳で貸本漫画家デビュー。50年代後半より貸本漫画を多数発表。のちに『週刊マーガレット』『女学生の友』など雑誌でも執筆を続け、「レモンの年頃」「なまいきかしら?」「ハロー天使さん」などの人気作を送り出す。童話作家としては「宇宙連邦危機いっぱつ」で第15回児童文芸新人賞を受賞。2008年2月9日、虚血性心臓病のため死去。67歳。
新連載 黒いオデット 鈴原研一郎 14頁
悲しみにしずむプリマドンナの八千代おねえさん・・・。どんなひみつがあるのでしょうか?