ユカをよぶ海 ちばてつや

漫画家・作品


「ユカをよぶ海」最終回『少女クラブ』昭和35年8月号付録 A5版96頁

人間は幸せに向かって生きていて、それは信じて生きれば叶う・・・・

「ユカをよぶ海」は月刊少女雑誌『少女クラブ』に多数の名作を残したちばてつやの連載漫画ひとつである。当時、少女漫画の王道であった「悲しいまんが」でありながら、そこに描かれたユカは、どんな苦難にも負けず、幸せを求めて生きる少女であった。昭和30年代、それは、まだ多くの人たちが貧さの中にあった時代である。「ユカをよぶ海」に描かれたのは「人間は幸せに向かって生きていて、それは信じて生きれば叶う」という、ちばてつやから少女たちへのメッセージでもあった。

1959年6月号から1960年8月号まで連載の「ユカをよぶ海」は、当時の人気連載漫画がそうであったように、本誌と別冊ふろくを行き来しながら、最終回は別冊付録に描かれた。最後のシーンは苦難の末に、やっとユカと余命いくばくもないおとうさんにおとずれた安息の日々・・・2人が住む家のバルコニーのユカとおとうさん。ここに描かれたラストは、読者の心を震わせたあの名作「あしたのジョー」の最終コマに重なる静かなシーンで、ちばてつやならではの名シーンである。

行方不明になっていたおとうさんと苦労の末に再会したユカだったが・・・・・

ユカは・・・・
なんだか、めまいのようなものを
かんじました。

ちょっとのあいだに、
あまりにたくさんのしあわせが
まいこんできたことが・・・・、

不幸になれてしまっている、
ユカの心をまどわせたのです。
これだけでも、
ユカは
しあわせでした。

あやぶまれた、
おとうさんの目が
なおったこと・・・・

これまた、
ゆめのような
大きなしあわせでした。

おとうさんと
くらせるようになったこと・・・・。

ユカは、どうかんがえても、
あまりにもしあわせが
大きすぎるような気がするのでした。
そして、おとうさんの絵が
美術界でみとめられて、
すてきな家がたって・・・。

でも、それは、
ゆめなんかではありませんでした。

翌日から・・・、
みはらしのよい、小さな家からは、
たのしげな・・・、
ほんとうにたのしげな、
ユカとおとうさんのわらい声が
きこえるようになったのです。

まあきれい!
星が海にうつって光っているわ

こんやは
波が静かだし月もないから
よけいはっきり見えるんだよ
もう一週間にもなるのに
わたしはまだ生きている
・・・ふしぎだ・・・
しかし
わたしのいのちは
そうながくはないはずだ
わたしの目は
むりな手術のために
いちじてきに見えるようにはなったんだが・・・
医者がわたしを
せきたてるようにして
退院させたのも
そのためなんだ
医者や牧村先生たちは
そのことをかくしていたが
わたしはかんづいていた
だが・・・
もういつ神にめされようとまんぞくだ

のこりすくない
わたしのいのちがきえないうちに
ユカとわたしに
しあわせなくらしをおくらせようという
思いやりからだったのだ

ふたりの生活を・・・
ユカもわたしものぞんでいた
おもいっきりたのしく
おくることができたんだから
ほんのわずか・・・一週間だけだったが
しずかに目をとじていると・・・
ああ・・・
こうして
海の中へすいこまれて
いくような気がする。
なんだか
星かげがきらめく
あっ
ながれ星!

大きな
流れ星よ
おとうさん
海に
すいこまれるように
きえちゃった

すごかったわねえ!
いまの・・・
あら

ふふ・・・
へんじがないとおもったらもうねちゃってるわ

1956年6月に貸本「復讐のせむし男」でデビュした「ちばてつや」がメジャー誌に初めて発表した作品は「舞踏会の少女」、少女月刊誌『少女ブック』1958年春の増刊号誌上であった。続き、『少女クラブ』に読み切り作品「リカちゃん」、『少女ブック』に連載作品3回(4回〜最終7回をほたによしぞうが引き継いだ)「オデット城のにじ」を発表し、1958年6月号から『少女クラブ』で初の長期連載作品となる「ママのバイオリン」の連載を開始した。以降、ちばてつやの描く「自らの手で幸せをつかむため明るくたくましく生きる少女」の物語は作品を変えながら『少女フレンド』連載の「テレビ天使」まで11年の長い期間途切れることなく続いた。

ちばてつや『少女クラブ』~『少女フレンド』11年間に及ぶ連載作品

『少女クラブ』
▪️ママのバイオリン
1958年6月号 – 59年 5月号
▪️ユカをよぶ海
1959年6月号 – 60年  8月号
▪️リナ
1960年9月号 – 61年12月
▪️1・2・3と4・5ロク
1962年1月号 – 62年12月号


『少女フレンド』
▪️ユキの太陽
1963年1号 – 63年48号
▪️島っ子
1964年11号 – 65年23号
▪️アリンコの歌
1965年31号 – 66年28号
▪️みそっかす
1966年33号 – 67年35号
▪️ジャンボ・リコ
1967年39号 – 67年48号

昭和35年2月号扉絵

昭和35年1月号扉絵