シリーズ65「父子草」貝塚ひろし

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貝塚ひろし:1938年、千葉県に生まれる。57年、単行本「乞食と殿様」を刊行しデビュー。その後、58年より『おもしろブック』に「くりくり投手」を連載し人気を博す。「ゼロ戦レッド」「ミラクルA」「あばれ王将」「父の魂」など少年漫画で活躍し、梶原一騎の原作による「柔道讃歌」はテレビアニメにもなった。66年には石井いさみ・荘司としお・伊東あきおとともに漫画研究誌「まんがマニア」を創刊し、2年間で通巻20号を発行した。(現代漫画博物館) 
デビュー当時から少年誌に発表の場を得たこともあり、少女誌での発表作品は少ない貝塚ひろしの『りぼんカラーシリーズ』作品は、「父子草」とシリーズ15”農村で耐えぬく嫁のけなげな努力とその娘の母を思いやる姿”を描いた「荷ぐるまの歌」の2作である。いずれも貝塚ひろしの絵柄と構成でこそ為し得た作品である。

父子草 1967年製作 日本映画
配給:東宝 監督:丸山誠治 脚本:木下恵介 
出演:平井義太郎:渥美清 竹子:淡路恵子 西村茂:石立鉄男 石川美代子: 星百合子 平井の父:浜村純

Part2 そして・・・二度目の勝負
その後も西村に相撲で挑戦する義太郎だったが、柔道の覚えのある茂に負かされてしまう。

Part1 出会い・・・一度目の勝負
ガード下におでん屋を出す竹子は、初老に近い土工風の男、平井義太郎のどこか淋し気でいて、鼻ッぱしらの強い、気ップのよさに興味を持っていた。ある日、常連の若い客、西村茂と義太郎は、些細なことから喧嘩になったが、若い西村に敵うはずはなかった。

Part3 浪人生・・・西村茂
そんなある日、義太郎は、茂と同じアパートに住む団子屋の娘美代子と竹子から、茂が昼は予備校、夜はアルバイトのため、身心共に疲労し倒れたと聞かされた。

Part5 生きていた英霊・・・平井義太郎
竹子には、義太郎が茂を息子のように思い、気にかけているかに見えた。義太郎は竹子に自らの身の上を語り出す。シベリヤで捕虜生活を終え、故郷に帰還した義太郎だったが、彼がすでに戦死してしまっていると思った彼の妻は、弟と再婚してしまっていたことを知る。妻と弟の生活を考えた義太郎は進んで身を退いたのだったが、妻の手許に残してきた息子を、茂にみたてているのであった。ー巧みな回想シーンの描画で動画に劣ることのない動きを表現しているー

Part4 ふれあい・・・誓った三度目の勝負
早速、見舞にかけつけた義太郎は、生活の苦しさに大学受験を止めようとする西村を、心からしった激励する。2人は来年3月の受験を3度目の勝負にすることを誓うのだった。

Part7 別れ・・・石川美代子
義太郎がいなくなったことに寂しさを感じながらも受験勉強に励む茂に、団子屋の美代子一家が、店をたたみアパートを去るという、もうひとつの別れが訪れる。

Part6 別れ・・・平井儀太郎
義太郎は竹子に、西村の学費と言って、金を渡すと、雪の東北飯場に出かけて行った。義太郎の思いを悟った茂は見栄を張ったことを悔いるのだった。

Part9 父子草・・・三度目の勝負
やがて三月下旬、義太郎がひょっこり竹子の前に現われた。ちょうど、西村の受験発表の日で、西村は合格していた。それは、義太郎、茂、竹子、美代子・・・屋台で結ばれた人たちの思いが花開いた日でもあった。

Part8 雪の夜
工事現場での義太郎の仕事振りは一段と熱が入り、気前のよかった彼がケチになった。好きな酒も止めて、黙々と飯場を廻っていった。そしてその度に金が西村の許に届いた。そんな義太郎の態度に、竹子は、植木鉢に父子草の種を植え、その花の咲くのを待った。父子草の花の咲く頃、義太郎が東京に帰ってくるはずであった。